※フィクションで架空のものです。実際にあったことや登場人物のモデルになるものは一切ありません。ご了承の上、お読みください。
「沖縄の空」
目まぐるしく 時が動いていく
ある朝 一人の少年を海辺で見かけた。髪は短めだが、目のあたりに少し前髪がかかっている。
遠目から見ると華奢に見えたが、近くで見ると肩幅もあり、腰にかけて逆三角形とはいえないが、すっきりとしたラインですぼまっている。太ももは思ったより太く、しっかりと砂地を捕らえている。リズム感のある歩き方だ。
「波は高くない」
少年は目を海に向けながら、何かを考えながら思わず口にした感じでつぶやいた。
季節は、秋。冬の寒さが、ずいずいと迫ってくるのが風で感じる。
湘南の海は、夏の賑わいとはまったく違う風情を見せている。江ノ島へ渡る桟橋は、車もほとんど走っていない。
少年は歩きながら夏の出来事を思い出している。
「おまえ進学どうするんだ」
少年の担任は、少年の父親と同じような口調で尋ねた。机の上には、高校進学のために担任が記録しなければならないいくつかの欄がまだ空白になっている。むしろはっきと読み取れるのは氏名欄のみだ。
「南風原 空」と書かれた進路希望を綴った内容はきわめて抽象的で空虚な感じの言葉が並べてある。
彼の名は、「はえばる そら」。中学3年。
まだまだ田舎くささの残る湘南の地方都市で生まれ、14年を過ごしている。
湘南と言うと海が近く、明るいイメージがある。しかし空の住んでいるところは、海までは歩くのに小一時間近くはかかる。住まいから歩いてすぐの中学校に進学したとき、父親は既に居なかった。
他界したわけではないが、父親では無くなっていたと言ったほうが正確かもしれない。
目の前の担任は、空の目を見つめながら、同じ質問を繰り返した。
「この成績だと希望するところには難しいよ」
空にも十分それは分かっている。今更言われてもという感じで、ただ目をそらして、壁のほうをぼうっと見つめている。
質問には答えない。答えられないことばかりでもあるせいだ。
父親が居たときは、繰り返し、毎日毎日コツコツと努力していれば、必ず夢は叶うと信じることができた。
今は違う。小学校のときほめられることや家族全員が笑っている顔を思い出せる。
最近は、母親の疲れた顔と小言にうんざりする毎日を繰り返している。当たり前のような家族は既にない。
中学になれば当然いつまでに何々を・・・が極端に多くなり、忘れても許されることはない。
何をすれば以前のようにと考えることもつらい日々だ。
「どうすれば怒られないかがわからない」小学校の高学年になったとき母親に言ったことがある。
今よりも回数は少ないが、ワンテンポ遅れる空の行動は、母親をいらだたせることが間々ある。
そんな時、父親は、「遠くを見て長い目で取り組むことが大切なんだ」とか子供にはまったく響かない言葉で、母親と空の間を取り持とうとしてかえって彼の母親の怒りを増幅させることが多かった。
小中高、当たり前だが、学校に通わなければならない。
現実に義務教育のみで働くことは、父親の世代と違い、雇い入れる会社も役所もあり得ない。
体を動かすのもそれほど好きではないが、小学校から父親と空手をはじめて、身長が伸びてくるのと同じように少し自分でも成長しているような気になっている。力も付いてきた。
空は、どちらかというと、考えて行動するよりも、気がついたら何かしていたという感じだ。
だから、担任にしても、母親にしても、言われてもなかなか反応できない。
まして父親の言葉は、なんだか遠くで聞こえる汽笛のようだ。聞こえたのかどうかすら思い出せない。
それでも何か答えなければならないとき、決まって頭の中に音楽が流れる。そのとき彼の周りの大人たちは、反応の無い空に、何を考えているのかわからないことに苛立ちを押さえることは出来なくなるのを必死にこらえる努力をすることになる。
「風が吹けばまたおんなじだよ」
砂浜を歩きながら、空はまたつぶやくように言った。
・・・つづく