前回担当したコラムにおいて、私の少・青年時代における空手との出会いについて書かせていただきました。
当時、私自身は特に空手の流派にはこだわりがなく、少年時代は近所にあった町道場でほんの少し空手をかじりましたが、確か流派名は「神道自然流」であったと記憶しております。
全空連方式系統の流派だったと思います。その後長いブランクのあと学生時代に米国にて改めて始めたのは松濤館でした。これもこの流派を選んだのではなく、学連の空手部がこの流派だったというだけでした。
空手を真剣に始めると、自然と仲間との話や文献を読むことで、空手について少しずつ知識がついてきます。
まずは空手道の成り立ち、松濤館と他流派の特徴などに興味を覚えた記憶があります。
そんな中ある一冊の文献…書籍名は忘れましたが、よくある市販の空手入門書でした(著者は、松濤館空手の師範で武術研究家の笠尾恭二先生)…の中で代表的な流派とその特色が述べられておりました。
多くのページを剛柔流、糸東流、和道流、松濤館の本土系四大流派と沖縄の首里手の代表小林流、那覇手の代表剛柔流の話で占める中、上地流に関する話は大変短いものでした。
しかしその短い話の内容に私は何とも言えない空手の魅力を感じました。
「上地流は、神秘の流派である。その存在も本土では知る人は少ない。自らの身体を徹底した鍛錬により限界まで鍛え上げ、全身が楯となり武器となる。最強の実戦的伝統空手と言える。」というような内容でした。
神秘の流派…もっとよく知りたい欲求と自分の行っている空手と比較したくないような気持ちとが、その後いつまでも心の中に残りました。
それから約30年経ち、少林寺拳法をやっていた息子が空手をやりたいと言い出し、近所で道場を探したところ、正直言って聞いたことのない「昭平流」という流派の道場があることがわかりました。
問い合わせたところ上地流系だと言われました。
神秘の流派…この言葉がまたよみがえり、すぐに見学、息子の体験に同伴し、即日親子で入門してしまいました。
些細なことではありますが、ついに上地流に出会う夢がかなったわけです。
まだまだ上地流のほんの入口しか知りませんが、その真髄、神秘に向かい少しずつ進んで行けたら幸せだな、と思う今日この頃です。 (角田筆)